〜アリマリの場合〜上 

『……ドン!!バラバラ』 

埃が白い霧の様に視界を遮る。 

家主「霧雨 魔理沙」は引きつった顔で、本の雪崩に巻き込まれた七色の人形使いへ視線を向ける。 

内心これで「むきゅー」になっていて欲しいという…家主の期待とは裏腹に、本の小山を押しのけ「アリス マーガトロイド」はむくりと体を起こす。 

服に刷り込まれた埃を払いながら、魔理沙と目が合う。 

『余所見する暇があるなら…さっさと探せ!!』 

とばかりに、おもいっきり睨みつけてやる。 

いつもならここで茶化す魔理沙であるが…自体を把握してか、せっせと捜索を再開した。 

ズレたカチューシャを直し、朝のシャンプーの香りが今やカビ臭くなっている事に憤りを覚えつつ…唯一存在するアンティーク調の椅子に乱暴に腰を降ろす。 

アリス マーガトロイドは大層ご立腹である。 

もともと温厚なアリスを、コレほどまでに激怒させたのには当然、訳がある。 

一冊の魔道書が無くなった。 

当然、犯人は目の前にいる空き巣常習犯の魔理沙な訳で、いつもなら「また勝手に持って行って!!いい加減にして!!」程度で済む話なのだが… 

今回は持っていった物がまずかった… 

被害にあった今回の魔道書は…アリス個人の研究内容、スペルカードの構造、基本原理に特性、各スペルの強みや弱点に至るまで記された、絶対他人には見せられる筈のない門外不出の魔道書だったのである。 

もっとも、目に付く所に置いておくのもどうかと思うが…持って行かれた事実に対し、アリスは怒り狂った鬼の如く霧雨亭の壁をブチ破って登場し、現在の捜索に至る。 

先程の雪崩で打ち付けた腰の痛みを我慢しつつ、魔理沙の仕事具合をチェックする。 

…努力とは裏腹に非効率的な魔理沙の姿を見ると…見つかる気がしない。 

率直な感想を言うと…魔理沙一人でこの乱雑な部屋から一冊の魔道書を見つけるのは不可能である。 

ぶっ壊した壁の影響から荷物や本などが外にまで飛び出しているし、壁の崩壊の衝撃で部屋は元の姿が想像もつかないほど荒れ果てている。 

かれこれ一時間は捜索させているが…お目当ての登場はまだまだ先のようである。 

『……………あぁ!!もう面倒だわ!!』 

あっちこっち移動の激しい魔理沙を見かねてアリスからの助け舟、人形を2、3体無言で飛ばし捜索を手助けさせる。 

絶対手伝わないと決めていたが…もういい加減、意地になるのも飽きた…魔理沙から向けられる「全力でありがとう」的な視線を横目で確認しつつ一番近い本へ手を伸ばす。 

「魔道粒子学」 

「…これ私の本じゃないの」 

なくした事にも気が付かなかったが…紛れもなくアリスの魔道書である。 

この様子では…少し探せば山ほど自分の魔道書が出てくるに違いない。 

「もう呆れたのを通り越して感心するわ」 

溜め息と共に流してやる事にする… 

「………………。」 

ジッとしているのにも馬鹿らしくなったので次の本。 

『うわ…汚い本』と思いつつも表紙に付いた埃を払う、タイトルは… 

「…!!!?」 

あまりにも驚きすぎて声にならない。 

『(なんで…こんな所にあるのよ!!ありえないわ!!そうよ!!絶対にありえない!!魔界の失われし秘蔵書よ!!って、そもそもお母様の書物じゃないの!!!)』 

「グリンモア 第七章下 賢人の章」 

染みだらけになった表紙に金字でそう刻まれていた。 

紛れもなく本物である、実物で研究した事のあるアリスが言うのだから間違いない。 

(グリンモア 第七章下 賢人の章) 
魔法を使うものでは知らない者はいないと称される伝説の書物「グリンモア」、その中に綴られる物は魔道の全ての法則と英知の結晶、その文面を理解することすら難関であるが、ひとたび理解すれば一生かけても到底及ばない高みへ昇る秘宝中の秘宝である。 
本来、魔界神の手で厳重に保管されている筈の幻の産物。 
賢人の章には五行を司る法則を自在に変換する幻の魔具「賢者の石」について綴られている。 

「……パチュリーのところからね」 

誰にも聞こえない小声で囁く。 

どういう経由で行き着いたのか知らないが…パチュリーの行使する賢者の石を考慮すると… 

パチュリーの個人図書館に流れついたグリンモアを魔理沙が盗んだという構図しか思い付かない。 

「これも回収っと…」 

お互い苦労するわね…と、日陰の少女に妙な近親感を覚えつつ本をそっと開いた時…黒く薄い何かが滑り落ちた。 

「何かしら??」と焼き海苔に見えなくもない黒く四角い紙状の何かを拾い上げる。 

「マ…ス……パーク??」 


マスタースパーク 


魔理沙の専売特許のスペルカード。 

アリスの手には焼け焦げたソレにはそう書かれていた。 

「…………。」 

凄く気になる。 

正直なところ…同じ魔法使いとして物凄く人のスペルというのは気になる。 

タイプが違う分、余計に気になる。 

でも…人間が作ったスペルだし…どうせ単純で大したことなくて、つまらないだろうな… 

そうこう悩んでいる内に…上海が目当ての魔道書を見つけて大喜びで帰ってくる。 

『(まぁ…いいわ。コレも回収しちゃお)』 

ほそく微笑みスペルカードをグリンモアに挟みこむ。 

帰ってから中身見て笑ってやろう。 

ささやかな復讐を決意しつつ、無言のままアリスは霧雨亭を後にした。 

続く