〜アリマリの場合〜下 

人の感情の変化は激しい。 

つい数時間前のアリスと、今の姿を比較するとシミジミそう思う。 

霧雨亭に攻め込んだ時の荒々しさを微塵に感じさせない程、今のアリス マーガトロイドは上機嫌であった。 

「♪♪〜♪〜」 

隠し切れないニタニタ顔と鼻歌が、魔法の森の独特のぬるい風と調和し不気味である。 

『やった!!やったわ!!よくやったわアリス!!魔理沙はこれで少し反省すべきね!!』 

と、小脇に抱えたスペル入りのグリンモアを見ると、つい頬が緩んでしまう。 

「ふふ…ふふうふ…」 

収穫の一つ魔理沙のスペルが楽しみで仕方がないのである。 

楽しみといっても魔理沙のスペル自体を研究するつもりない。 

ただ単に覗いて笑ってやるのだ。 

「まだこんな幼稚なスペルカード使ってるの??」と。 

人間が独学で作ったスペルなど、高が知れている。 

魔理沙が扱う魔法は爆発的な威力を誇る「光と熱」、稀な種類で異端的な研究ではあるが故に資料が少なく、魔法使いの中では忌避されていた。 

さらにこの分野を扱う上で、必要な物はたった一つ。 

複雑な研究内容でもなければ、特殊な魔具が必要な訳ではない。 

魔力。 

知識が無くとも威力に比例する莫大な魔力さえ存在すればいいのである。 

魔法使いがこの分野を避ける理由も、まさにそこであった。 

知識の探求の虫である魔法使いにとって…これほどやりがいのない研究は存在しない。 

持って生まれたキャパシティーのみで全てが決まるなど…魔法使いのプライドが許さない。 

魔法使いという人種は研究に研究を重ね、結果を導き出す努力な天才なのである。 

魔界育ちのアリスとは違い、魔理沙は独学のまだまだ駆け出し。 

魔力を何の加工も無く物理干渉させる… 

人界の人間が考えそうな低俗な魔法。 

『きっと時代遅れな魔道回路に違いないわ』 

そう結論付けると堪えきれず笑いが込み上げてくる。 

「ふふ…楽しみだわ。」 

自然と早足になる人形使いが家路に着くまでそう時間は掛からなかった。 





薄暗い魔法の森に不釣合いな白く統一された館。 

おとぎの国を連想させるアンティークな木造の洋館に大きな庭。 

門扉にそびえるガーゴイルが印象的な洋館にアリスは1人で過ごしている。 

「ただいま…っと。」 

荷物を置きながら誰もいない自宅に律儀に帰宅を告げると、お出迎えがやってきた。 

「やってきた」のではない。正確な表現ではお出迎えの人形を「呼んだ」のである。 

人形を3体、小指で同時操作。それぞれ荷物運びと紅茶と着替えの用意をさせるように指示を送る。 

本当ならお風呂にしたい所であるが…メインイベントの後のお楽しみだ。 

「さて…っと。」 

痛めた腰に注意を払いつつ、実験室の椅子に慎重に腰を下ろす。 

机には運ばせておいた収穫の品、焼き海苔状態のマスタースパークと盗品のグリンモア。 

スペルに手を掛けて状態を確認する。 

『ふ〜ん。外見の割に中身は…大丈夫みたいね…』と、小指をクイッと動かしキッチンの人形に湯の温度を調節させる。 

ザラザラしたカードの表面に細く、しなやかな指が伝う。 

「…マスタースパーク。」窓の光にかざして呟く。 

何度、確認してもスペルカードにはそう刻み込まれている。 

…引っくり返しても、やはりそこにもマスタースパークの印字。 

「………………。」 

しばしの沈黙と硬直。 

やはり人のスペルは少し緊張するし 

…何より後ろめたい。 

勢いで持って帰ってきてしまった… 

ちょっとした仕返しのつもりだった… 

だが、改めて考えなおすと… 

「私…最低ね…」 

自分の軽率な行動に反吐がでた。 

研究の集大成のカードを盗んだあげくの覗き見行為… 

それも魔理沙とは違い…確信犯的に… 

遅すぎる後悔の念。 

盗まれたから盗み返して、自分の行動を肯定化し、当然の権利のように復讐… 
『ただ単に覗いて笑ってやるのだ。』 

「ふふ…本当に悪趣味ね。」自嘲的な笑いが込み上げてくる。 

激しく自己嫌悪…これほど自分が汚い人間だなんて思ってもみなかった。 

机にうつ伏せる。 

かび臭い髪の匂いが鼻を挿す。 

心が腐っているやつにはお似合いだと思う。 

今更、返しになんて行けない…アレほど暴れて帰ったのだ… 

謝れない… 

それよりもどんな顔して会えばいいのか…分からない… 

ゆるりと顔を上げる。 

捨ててしまおう… 

どうせこんな状態だし…魔理沙自身使っているはずはない… 

もう無かった事にしよう… 

「うんうん」と二度うなずき自己完結。 

…そうよ。コレでいいのよ。 

燃やしてしまおう。何もなかった事にしてしまおう。 

そう思うとフッと心が軽くなった。 

紅茶でも飲んで気分を変えて…お風呂にして今日は寝ちゃおう。 

小指でクッと動かし、人形にポットを運ばせるように指示。 

ただ…何気ない動作の一つでしかなかった。 

ただ…握りしめたスペルカードに人形の魔力の糸が触れただけだった。 

微量の魔力がスペルカードに流れただけだった。 

ただ…そんな何気ない偶然の事故… 

その瞬間アリスの血が凍りついた。 

『…!!!!?……何いまの反応!!?』 

『魔力が…増幅した…?』 

魔道増幅回路…?? 

ありえない。 

『そんな筈はない!!魔界ですら未完の技術よ!!!一端の人間ごときが完成させれるはずが…』 

可能性を打ち消そうとする。 

…が、完成していたとすれば…全て合点がいく。 

爆発的な威力を誇る「光と熱」。 

威力に比例する莫大な魔力。 

消費の激しい魔理沙のスペルカードの数々。 

そのスペルを乱発する底無しの魔理沙の魔力。 

本来、「マスタースパーク」をはじめとする彼女のスペルは魔動的な加工を行わず、物理干渉を行う。 

起動媒体となる魔道回路が無くとも起動、発動させるはずの魔法なのである。 

だが…それを一手間かける理由はただ一つ… 

増幅による魔力利得。 

この一点を除いて他ならない。 

…………西洋にジャンヌ・ダルクという英雄がいる。 

当時、彼女は「神からの使い」と称され…勇ましく戦場をかけた。 

人外の魔法の力を行使して。 

人界では神話となって語り継がれる勇者。 

神に選ばれし勇者。 

だが…魔界ではただの雑魚。 

正しき魔法使いの生まれ者の足元にも及ばない。 

魔法も、知識も…魔力も… 

また同じく魔理沙もそうである。 

人外の魔力を秘めているが…たかが人外の域… 

潜在能力ではアリスやパチュリーの足元にも及ぶはずもない。 

だから、魔理沙を見て田舎者だと笑った。 

自らの天賦の才に自惚れた…知識の探求を止めた田舎者のパワー馬鹿だと 

「………………。」 

人の感情の変化は激しい。 

怒って喜び、喜んでは嫌悪した。 

「無」 

今のアリスの心境を表すならこの一字に限る。 

感情の籠っていない目で部屋を歩き始める。 

虚ろな目とは裏腹にしっかりとした足取りで外へ続くテラスへ。 

無造作に二階からマスタースパークを外に放り投げる。 

空中にひらひらと舞う知識の宝箱… 

「…上海!!!」 

無限の可能性を秘めたスペルカードに向けて… 

『咒詛「魔彩光の上海人形」!!!』 

神の入り口のスペルに光の矢が襲う。 

全てが塵にかえる。 

カードも魔道式… 

「違う!!!こんなんじゃない!!!あの子の…あの子のスペルはもっと!!もっと!!!」 

ヒステリックの様に叫ぶ人形使い。 

全開での魔力放出に耐え切れず、オーバーヒートした自らのカードを破り捨てる。 

魔理沙にだけは…魔理沙にだけは負けられない!!! 

その日を境にアリスの研究部屋から光が消える事はなくなった。 

また魔法使い魔理沙という人物に興味が湧いたのもこの事件以降の事である。 

終わり